マイストーリー

第48話:清濁を合わせもつ、テンネンノハタラキ

前回は、
よしもとばななさんの小説から言葉をお借りして、
わたしが思う、身体との向き合い方について書きました。

第47話:身体との向き合い方とよしもとばなな。 前回の話: 現在、助産院の名称は【助産院 ある】ですが、 その前に使っていた名前について、当時の想いをそのまま残しています。...

 
第47話で紹介したこの考え方は、
私がひとめぼれした東洋医学の考え方に通じています。

その中でも、好きな言葉に、
【テンネンノハタラキ】という言葉があります。

 
これは、江戸時代の養生書『病家須知』(今でいう「家庭の医学」な本)に記載されている言葉です。

みな、身体の元気がその病毒を追い払い、体外へ排除しようとするのである。これは自然作用力(テンネンノハタラキ)のなすところであり、医者はただその足りない力を助け、病毒に対抗する元気が負けないように、薬や鍼灸を用いるのである。

平野重誠著『病家須知(びょうかすち)』(農山漁村文化協会刊)巻之一「みだりに薬をもちうべからざる心得を説く」

人の身体がもっている自然治癒力=自然作用力に、
あえて、カタカナで【テンネンノハタラキ】と書いているところが、乙だなぁ。

テンネンノハタラキ・・いい響きだと思いませんか。

 

最近は、「アーシング」とかいう言葉もありますね。

自然に触れることで、
エネルギーを浄化したり、循環させることですが、

そういえば、
3人目のつわりの時に効果を発揮したのも、アーシングだった気がします。
(当時は、そんな言葉は知らなかった)

 

デトックスだ、エネルギーだ、気を流すんだといったところで、
人が人に意図的に働きかける力なんて、自然と比べたら、たかが知れている。

それを数年前、屋久島に行ったときに、強烈に体感しました。

 
けれど、ほんの少しでもいい、そこに近づきたい。

傲りではなく、治すとはちがう。
でも、よくなる。

自然の力。

【テンネンノハタラキ】

身体、自然の一部、共鳴する。

ただ、そこに“在る”もの。

そんなチカラ。

 

もうひとつ、ご紹介したいのが、【邪正一如】という言葉。

かんたんにいうと、「清も濁もあわせもつ」という意味です。

 
「身心一如」という言葉は知っている人も多いかもしれませんね。

身体と心はつながっているよという意味ですが、
どちらも、もともとは、仏教の用語だそうです。

 

気を扱う、東洋医学では、
身体にいいものを「気(生気)」と呼ぶのに対し、身体に悪い影響を与えるものを「邪気」と言います。

なので、鍼灸治療を行う際、
鍼やお灸を使って生気を補い、邪気を払う・追い出すという考え方もあります。

ですが、私は、
生気=良い、邪気=悪いという分け方が、あまり好きではありません。

それは、一方的な視方によるという気がするから。

エネルギーに良い・悪いという判断は存在しないと思っているからです。

 

『邪正一如』とは、
「正気」と「邪気」を対立させないという考え方です。

人は生きていく上で、
生も邪も、両方をあわせもっています。

それはどちらも、動きながら変化していくエネルギー。

 

『邪生一如』という言葉を聞くと、
いつも、マンガ版ナウシカのこのシーンを思い出します。

風の谷のナウシカ 全7巻箱入りセット「トルメキア戦役バージョン」 (日本語) コミック 第6巻より

 

「闇は私の中にもあります」
「だとしたら、このものはすでに私の一部です」

人生のバイブルと言っても過言ではない、大好きなマンガ、
いつか、マンガ版ナウシカについても語ってみたいと思いますが、

その前に、
もし、この言葉に出会っていなければ、今こうして、この仕事はしていなかったかもしれないと思う、心が震えた言葉をご紹介します。

第49話:心が震えたOSHOの言葉 前回の話: 江戸時代版「家庭の医学」とマンガ版ナウシカから学ぶ、私の人生哲学。 https://karada-kulum...