マイストーリー

第8話:生まれたあかちゃんはダウン症

病院勤務時代の印象的なエピソードをご紹介しています。

双子を経膣分娩したAさんから、
自分の力で産むとは、こういうことだと気づかされました。

第7話:経腟分娩で双子のお産 はじめての就職先は、 沖縄からでて、県外の大学病院に勤めました。 なぜ、そこにしたかというと・・ https://...

 

逆子で帝王切開だったはずが

わたしが就職して間もない頃、
受け持ちになったSさんは、逆子のため、予定の帝王切開で入院となりました。

これまでの妊娠経過は順調。

入院してきたSさんは、
やわらかいスッとした笑顔で、初産婦さんでしたが、落ち着いた雰囲気が印象的な方でした。

 
ここだけの話、
新人助産師が担当になる患者さんは、たいてい経過が順調で、とくに大きな問題のない人が割り当てられます。

当然、Sさんもそのはずでした。

 
帝王切開は予定通り無事に終わり、Sさんは男の子を出産されました。

生まれたあかちゃんも元気で、
通常通り、出生直後の処置を終え、手術室でSさんと少しだけ、顔を合わせた後、一足先にベビー室に引き渡されました。

 
手術室から戻ったわたしは、
病室にいるSさんとご主人に、あかちゃんを面会させようと思い、ベビー室にいる赤ちゃんの様子を見にいきました。

すると、コット(あかちゃんを寝かせる箱みたいなベッド)の前で、先生とベビー室担当の先輩助産師が、神妙な面持ちで、あかちゃんを診ていました。

 
ふだんはあまりない光景だったので、
「どうかしたんですか?」と声をかけると、先生がひとこと、「もしかしたら、この子、ダウンちゃんかもしれない」と言いました。

そして、先輩が「小児科の先生にみてもらって、先にご主人に説明するから、おかあさんの面会はちょっと待ってね」と言いました。

 
わたしは、それまでほとんど、
出産後のおかあさんやあかちゃんになにか大きな問題があるような経験がありませんでした。

もちろん、
ダウン症のことは知っていましたが、そのことをおかあさんやご家族にどう伝るのか、おかあさん自身がどんな風に受け入れるのか、想像がつきませんでした。

また、ダウン症の場合、
心臓の奇形や合併症があったり、呼吸の状態や哺乳力が弱いことが多く、場合によっては、あかちゃんだけ別の病院に転院する可能性もありました。

 
正直、わたしは、どうしていいかわからず、内心オロオロしておりました。

 

ダウン症と告げられる

小児科医の診察が終わり、
まずは、ご主人に対して、ダウン症の可能性が高いこと、くわしい検査を行う必要があることなどの説明がされました。

そして、Sさんへは、ご主人から話をすることになりました。

 
幸い、あかちゃんの状態は良好で、
心配していた合併症の症状もみられませんでした。

そこで、主治医の許可をもらい、
先に、おかあさんとあかちゃんの面会を行うことにしました。

 
手術の直後で動けないSさんのとなりに、
あかちゃんを寝かせ、しばらく同じベッドにいてもらいました。

Sさんは、安心したうれしそうな表情で、あかちゃんの寝顔をみていました。

その後、ご主人からSさんに、
ダウン症の可能性があることが伝えられました。

 

Sさんの術後の回復は順調で、
すぐに歩いて、授乳室に通えるようになりました。

また、あかちゃんは元気で、おっぱいを吸う力もしっかりしていたので、他の病院に転院する必要はないと判断されました。

 
Sさんはおっぱいの出も良く、
あかちゃんにダウン症の疑いがあること以外は、順調な産後の経過でした。

生まれた子がダウン症かもしれないと告げられたSさんは、それほど大きくショックをうけるでもなく、不必要に不安がる様子もなく、淡々とおだやかに、あかちゃんとの時間をすごしているようにみえました。

 
出産の数日後、
Sさんの病室を訪ねて、お話を聴きました。

そこでの話によると、
ご主人は、手術室からベビー室に向かうあかちゃんの顔をみて、なんとなく予想はしていたのだそうです。

ご主人は、人の顔や表情をよく見るお仕事柄、それで気づいたと言っていました。

 
あかちゃんの事について、Sさんは、

「手術が終わって病室に戻ったら、すぐに会えると思っていたのに、なかなか来ないから、何かあったのかなと心配してました。だから、連れてきてくれた時は、すごく安心しました。

ダウン症のことを聞いて、ショックというより、びっくりかな。でも、あかちゃんの顔をみて、元気なのはわかったし、なんとなく大丈夫だろうって気がしてます。いまは、おっぱいもよく飲んでくれてるからかな。

これから先、どうなるか不安はありますけど、とりあえず今は、元気でいてくれてるから。」

と、自然な笑顔で話をしてくれました。

 

Sさんのお家に家庭訪問

その後も問題なく、
Sさんはあかちゃんと一緒に、病院を退院しました。

一ヶ月検診の時には、
「名前は、コウ(仮名)にしました」といって、元気な姿をみせ、21トリソミーという染色体検査の結果を受け取り、帰っていきました。

 
それからしばらくした後に、
帝王切開の日、ベビー室担当だった先輩の勧めもあり、病院の許可をもらって、その先輩とふたりで、Sさんのご自宅に、家庭訪問に行きました。

 
Sさんのお宅は、郊外にあるオシャレな一軒家でした。

ちょうどコウ君は、おっぱいを飲んで、スヤスヤと眠っていました。

 
コウ君について、Sさんと、
おっぱいの飲みも体重の増えもよく、心臓専門の病院で検査したところ、大きな合併症もなかったという話をしました。

 
それから、Sさんは、

「妊娠中に、年齢的なこともあったから、出生前検査のことも考えたけど、どっちにしろ、コウを産むことには変わりなかったし、先に知ったからといって、心配ばかりがふえていたかもしれないと思うと、これでよかったと思ってます」

と、変わらないおだやかな表情で話してくれました。

 
その年のお正月には、
旦那さんが撮ったという、Sさんの肩ごしに、抱っこされ笑顔で空に向かって大きく手を伸ばすコウ君の写真が入った年賀状をもらいました。

 

医療者として出来ること

わたしは最後まで、
これといった事は何もできず、おだやかに淡々と起こった出来事を受け入れていくSさんの一連を、ただ側でみているだけでした。

そして、Sさんを通して、
生まれてくる命のこと、先天的な病気をもつこと、出生前診断のこと、生命の選択のこと、その家族のこと・・いろいろなことを考えさせられました。

 
正しい答えなんてありません。

ただ、医療者として、
考える続けることがこたえなのかもしれないと、思ったりしています。

 

長くなりました。

さて、Sさんは、逆子のために予定の帝王切開をしましたが、同じ帝王切開というと、ハイリスク妊婦だったHさんのことを思い出します。

就職したてだった頃のわたしを思うと、ちょっとは成長したかなーと思います。

第9話:前置胎盤の帝王切開とバースプラン 生まれた後に、 あかちゃんがダウン症であることを知ったSさんを通して、まだ新人だったわたしは、いろいろなことを考えるきっかけに...

 

くるみ助産院の
マイストーリーズ


これまでの道のり、世界観や人生観を、
第1話~第〇〇話までのマイストーリー形式で綴っています。

読めば、助産師の鍼灸師 下地あやの のことがもっとよくわかります。

  • 助産師になったきっかけ
  • 病院時代の忘れられないエピソード
  • 鍼灸師になったのは恋におちたから
  • 三度にわたる壮絶なつわり体験記
  • くるみ助産院をひらくまで,など

クリックして
はじめから読む ≫≫